京都・丹波福知山 鉄道館のある新町商店街
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■□■ 第1回 山車の見送りの緞帳(どんちょう)

2003. 2

下新町自治会が西陣へ発注した三国志の主人公を描いた見送り緞帳

 明治4年(1871年)製の祭りの山車の見送りの緞帳(どんちょう)「綴錦蜀漢三傑図」【三国志桃園義盟之図】です。

 見送り緞帳は、縦約3m、横1.5mの大きさで、三国志の英雄、劉備玄徳、張飛、関羽の3人が描かれています。明治天皇即位の祝賀用に作られたものと伝わっています。

 この緞帳は、下新町自治会が所有していたものを1977年に市に寄贈しました。

 京都の西陣に発注したものです。兄弟緞帳として、京都・亀岡市三宅町の「翁山鉾」があります。

「綴錦蜀漢三傑三国志桃園義」緞帳アップ写真
(亀岡「翁山」前懸)
「綴錦蜀漢三傑三国志桃園義」緞帳全体写真
(福知山「福寿山」見送り)

山車の緞帳ってどこに飾ってあるの?


京都・亀岡の稲荷山車写真

 山車の前に飾ってあるものを「前懸幕」といい、後ろに飾ってあるものを「見送り緞帳」といいます。

 ※左写真は「亀岡祭山鉾連合会」が発行しています冊子より


ちょっぴり、ご紹介 「三国志の主人公」


   
劉備 張飛 関羽

 三国志の主人公の一人。小説では極め付きの善人、ということになってはいるが、彼とて乱世に生きていた人物。当然、策謀や裏切りを行っている。時には偽善者然とした言葉も吐いている。それでも彼があまり非難を受けずに、今でも多くの人に慕われているのは、やはり人望があったこと、人徳を備えていたからであろう。

 琢郡琢県出身。その土地の商人であったという。劉備と関羽とに巡り会い、終生の臣従を誓った。ちなみに、三兄弟の末弟である。謀の才は皆無に等しかったが、腕力・武技は衆を凌ぎ「万人に匹敵する」と称えられた熊虎の猛将。一丈八尺の蛇矛を軽々と操り、乱戦になればなるほど燃える。劉備自身、彼に助けられたことも限りなかった。

 河東郡解県出身。時代まさに乱世の若き時、劉備と張飛と出会い、劉備に終生の臣従を誓う。以来、死ぬまで誓いを守り通した。人の上に立つ者に対しては厳しく接して、その責任を自覚させ、目下の者たちには自分の子のように接した、と言われる慈将である。商売の神様」としても信仰されています。「算盤」を発明したといわれ、商売には欠かせない神様です。

陽炎の向こう側」サイトより

 


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